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なんでやねん日記

なんでやねんです

夏の終わりと、スピードを増す変化

ぶつぶつぶやき しゃしん

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10年前の今日、つまり13歳の中学2年生だった私は、一体何を思っていたのだろう。

もうすぐ終わる夏休みを残念がっていたのだろうか。学校があまり好きではなかったから、憂鬱な気持ちも抱えてたのかもしれない。宿題の心配はしていなかったと思う。夏休みの宿題はいつも、遅くてもお盆のころには終わらせていたから。
しかし、それらはすべて想像であり、13歳の中学2年生だった私が何を考えて行動し、どんな悩みに頭を抱えていたかなんて、もう思い出すことができない。


5年前の夏休みのことならかろうじで覚えている。私は17歳の高校3年生で、離れて暮らしていた好きな人と、映画を見に行ったりドライブしたり寂れたショッピングセンターのゲームセンターでプリクラを撮ったりしていた。ハンバーガーショップでアルバイトもしていたし、受験に向けて勉強もしていた。
しかし、17歳の夏休みを一緒に過ごした人の中で、今年の夏休みも一緒に過ごした人は誰一人としていない。ほとんどの思い出を共有した人が今何をしているのかさえも知らない。

生活の、環境の、他人の、自分の、変化を日々感じている。そのスピードはどんどんを増していて、良いところも悪いところもひっくるめてずんずん変わってゆく。記憶が上書きされていくのが、古い記憶がすり抜けていくのが、わかる。スピードについていけないまま、なんとなく流されているのも、わかる。「ちょっと待ってよまだ変わらないで」って小さな声で叫んでいるけれど、いつだってそんなのお構いなしだ。

私は安定と不安定を同時に求めているので、変化を嫌がっているわけでも喜んでいるわけでもない、と、思う。戸惑ったり悲しんだり泣きわめいたり体調が悪くなったりするのは、単純に“納得”ができていないからなのだ。


どの夏休みの後も、始業式の日は少しだけ気持ちが新しくなっていた。それはハッキリと覚えている。夏休みの終わり≠夏が終わる というわけではないのだけれど、ここを一つの起点にして、またいろいろなことを見つめ直していかなければいけないな、と考えている。